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石川清隆コラム

20世紀の嘘(その2)「音楽のかわりに荒唐無稽」?!- ショスタコービッチ ー image
作家ソルジェニツインは、ソビエト連邦を「嘘で固めた国家」と言いました。

しかし、私は、ソビエト連邦時代の作曲家ショスタコ-ビッチ(Dmitry Dmitrievich Shostakovich,(1906年-1975年)が好きです。
学生の頃、"前衛党"(前回のコラム参照)の人たちにそのように言うと、"あれは僕たち私たちの音楽だ"などと言っていました。
この人たちはおそらくショスタコ-ビッチの曲を聞いていないのに知ったかぶりをしていたとしか思えません。たしかに"森の歌"や"わが祖国に太陽は輝く"といったスターリン賛歌がありました。古典的なオラトリオ形式の"森の歌"では、最後にスターリン万歳、共産主義万歳というフレイズが歌詞にありましたし、"明るい人生観、理想的国家への賞賛みたいな作品もありました。
しかし作品の多くは、不条理なもの対する怒り、晦渋で悲しみや,虐げられた人々に対する共感、憐憫、慟哭としか聴こえないものであることは、ショスタコ-ビッチの曲をいろいろ聞いたことのある人には明らかでしょう。

ある美術史家が「絵画を言葉で表現する無力感」と言っていましたが、音楽を言葉で表現する無力感を感じつつ、音楽用語をなるべく使わずに、ショスタコービッチの曲の感想を当時の政治背景と共に書いてみようと思います。

ピアノ三重奏曲第2番ホ短調作品67

第2番作品67は1944年に、戦死した親友ソレルティンスキーを偲んで書かれたという曲です。
この曲を初めて聴いたのは、18、9歳の頃夜、NHK・FMラジオから流れてきた時でした。 聞いていて思わず涙が出てくるような、親しい人の死に対する哀愁の念、慟哭の情をこれほど素直に表現した曲は初めてだと思いました。
第1楽章は、チェロ独奏の悲しい静かな旋律で始まります。この主題はやがて緩やかな楽節に続き、なぜかチェロが、高い音域をヴァイオリンは低い音域を奏でています。
第3楽章からゆっくりした曲調が終楽章まで切れ目なく続き、不安なリズムの旋律が次第に増幅されていき、最後に、音の破片が放散するようにピアノが奏でる中、チェロ、ヴァイオリンが第一主題をよりどころのない悲しい旋律として強く奏で、そのまま次第に消えていく・・・。

これより以前、1930年代にソ連では、スターリン体制を確立するため、芸術も国家体制維持のために利用しようと考えていました。作曲家には、「内容において社会主義的、形式において民族主義的」というなんだかよくわからない標語のもとに作曲することが求められたのです。
しかし、ショスタコーヴィチは、西洋モダニズム的なリズム・旋律の曲を数多く作っていて、歌劇『ムツェンスク郡のマクベス夫人』(1933年)は、不倫を題材にしたオペラでした。
「社会主義国家」建設に邪魔な芸術家のみならず、多くの無辜の民をシベリアに送る、拷問にかけて銃殺するとかのいわゆる粛清をしていた当時です。ショスタコーヴィチの歌劇に、ソビエト当局は不快感危機感を覚え、ソビエト連邦共産党の機関紙プラウダ(ロシア語で"真実"の意)の社説を用いて"指導"することにしたようです。

1936年1月のプラウダは、「音楽のかわりに荒唐無稽」という表題の社説を掲載しました。この社説で、歌劇『ムツェンスク郡のマクベス夫人』は、平明でないばかりか卑猥な音楽、社会主義リアリズムの立場を忘れたブルジョワ的音楽であると糾弾されました。またバレエ『明るい小川』が「バレエの偽善」という表題のもとに批判されました。
これらの社説は「スターリンの指導」と捉えられショスタコーヴィチの作品は殆ど上演されなくなり、巻き込まれて粛清されるのを恐れ、ショスタコーヴィチは孤立し、生活の糧にも困ったようです。
すると、ショスタコーヴィチは、モダニズム的なリズム感の長大な交響曲第4番の初演リハーサルの譜面を撤回しました(この作品の初演は1961年、いい曲ですよ)、そして1937年初演された有名な交響曲第5番により「名誉を回復」したという経過をたどることになりました。

ショスタコービッチには作品番号が付けられた147の曲と、作品番号のないいくつかの曲があり、ご紹介した曲以外にもレコードなどで販売された作品のほとんどを聴いたことがありますが、その限りでは、"明るい人生観、理想的国家を賛美した、僕チャンたちの音楽"と聴こえる作品は少数です。
ショスタコ-ビッチの作品を「音楽のかわりに荒唐無稽」と言えるのは実は"聴けども聴こえず"といった輩であったのだと思いますし、「1970年代までは西側では"社会主義陣営"を代表する作曲家とみなされ」ていたというのも、西側の前衛党信者の間ではそうなのでしょうが、音楽愛好家はみな、これとは違うものと聴いていたのだと思います。[つづく]

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