石川綜合法律事務所

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石川清隆コラム

コラム33 空想から妄想へ「社会主義の堕落」

1. 歴史に学ぶ

ビスマルクの名言に「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ。」 (注1) とかあるようです。
「歴史に学ぶ」とかいうと若干、大言壮語のように聞こえますが、私たちの眼前で起こった歴史的大事件について社会科学的分析は、あまりなされていないような気がします。
かつて一世を風靡した経済学的歴史理論であるマルクスらの唯物史観は、1991年までに東欧圏やソビエトなどの「社会主義的体制」が崩壊した後は、逆にほとんど見向きもされなくなりましたが、何故崩壊したのか、理論的分析は少ないのです。
 なかには「高野山奥の院の霊廟では現在も空海が禅定を続けている」という信仰にあやかったのでしょうか「マルクスは生きている」 (注2) とかで、ソ連が崩壊した原因が「指導部が誤った道をすすんだ」ためであれらの国々は「社会主義国ではなかった。」という疑似科学的説明をする人もいます。この元幹部のいる日本共産党は、世界共産主義革命をめざすソ連コミンテルン (注3) の日本支部として生まれたのですが・・・・

2.ソ連はなぜ崩壊したか

マルクス流唯物史観では、経済的決定論と批判され人間社会は土台である経済の仕組みにより、それ以外の社会的側面(法律的・政治的上部構造及び社会的諸意識形態)が基本的に規定されると考えたのです(土台は上部構造を規定する)。
これにたいして故森嶋通夫氏は「社会主義体制が上から崩壊するというのはマルクスにとっては二重に悲劇的である。」と結論付け、「社会主義における搾取」という観点・分析から説明しています(注4)。

3.社会主義における搾取には三つの形態

まず第1に、不必要な剰余生産物を生産するという形での搾取。過度な軍備や党幹部のための贅沢品の生産など。第2に、人民の厚生や公共財の選択を誤ることによる搾取。不必要な公共財の過度の生産、不必要な厚生施設の建設。そのための人民の過度の労働があげられる。

コラム33

(1)社会主義における搾取(その1)

豊富な石油資源があることで「自主独立路線」でソ連と「一線を画した」ルーマニアでは、経済開発のために西側から130億ドル以上の融資を受けチャウシェスクは対外債務返済のため、あらゆる農産物や工業品の大量輸出を行い、これら一連の強引な飢餓輸出により、ルーマニア国民は日々の食糧や冬の暖房用の燃料にも事欠くようになり、停電は当たり前になるなど、国民生活は次第に困窮の度合いを深めていった。
飢餓に苦しむ一般市民を差し置いて自分と家族にだけは豪奢な生活を許し、贅沢三昧、国内各地に豪華な別荘を建て、バカンスや狩猟、クルージングを楽しみ、パーティーに明け暮れていました。さらに高価な衣類や宝石、ブランド品を買い漁り、国宝品まで私邸に持ち込んでいました。
1980年~1983年には歴史的な建物を解体し、4万人以上の市民に立ち退きを命じ、パリのシャンゼリゼ大通りより広い統一大通り(地下道は戦車も通れる)と高級官僚のマンション群を建設。さらに自分たちのために『共和国の館』、これはアメリカの国防総省(ペンタゴン)に次ぐ世界第二位の大きさの巨大宮殿の建設をはじめました。
国力を増強させるためには、チャウシェスクは人口増加が必要だと考え、1966年『女性は、子供を4人生むまで中絶してはならない』と違反した女性には懲役刑に処すという政令を公布しました。その頃、国民は満足な食糧もない、ミルクもない状態にさらされていました。闇の中絶が横行して沢山の女性が命を落とす一方、国民の一部は増え続ける子供を抱える一方、ミルクも与えることも出来ず、やむなく子供を捨てた。
捨てられた何千という赤ん坊は、孤児院に集められミルクはなく、次々と栄養失調にかかりました。子供を死なせてしまうと給与が減らされる罰則があったため赤ん坊に栄養剤として大人の血を輸血しこの血液の中に、HIVに汚染された血液が混じっていた。また、『わが国にはエイズは存在しない』と治療を許さなかったチャウシェスクの失政がより注射針や注射器の使い回し、いっそうエイズを広げる原因となりました。

(2)社会主義における搾取(その2)

「社会主義における搾取は、第3に、計画の失敗によって、必要以上に働かされることによる人民の労働の浪費。」との搾取も存在する。

「20世紀最大の環境破壊」とも言われている「森の歌」で歌われたソビエトのスターリンによる1948年からの自然改造計画(防風林の植林、・・・ステップ地帯における穀物の生産性を高めるための・・計画)が実行された。トルクメニスタン周辺では綿花栽培のために大規模な灌漑のため50年代にはアムダリヤ川の中流域に運河を建設し、川の水を流すようにした。その結果1960年を境にアラル海の面積は急激に縮小し、アラル海の消滅が世界的に危惧されるようになった。
これ以前に1931年第1次5か年計画の一環「白海・バルト海運河」この運河は、総延長の長さ・完成期間の短さとも「世界一」、水深4~5m(完成を間に合わせるために浅くしたといわれる)、大きな艦船は通れず、その浅さも「世界一」、冬は凍結して使えない・・・
『根っからの刑事常習犯と「人民の敵」を、運河建設により鍛え直すという世界で初めての試み』ということで強制収容所から囚人を動員し人海戦術で完成した。投入囚人数20万人に、20カ月間における囚人死亡数10万人という。
レーニンの、生存中にソ連全土に84カ所の反革命的分子のための収容所が創設され、強制労働をさせ始めていた。

(3)社会主義における搾取(その3)

ここにおける3つの形態の「社会主義における搾取」を故森嶋氏は、『搾取者なき搾取?』という観点から"完全な充足状態にない発展途上の社会主義には、労働により創出された「剰余価値」が労働者に100%還元されることはなく、そしてこのような諸搾取を抑止する権力機構が社会主義社会になかったことがその体制の崩壊の原因だ" (注4) としています。
「すべての意志決定には誤謬がつきまとう。誤謬であるとわかれば、すぐに訂正されなければならない。誤謬の承認は、中央政府や党本部の・・権威を損なうことになる。一党独裁の社会では、政府を 査察・監督する機構が存在せず搾取が毎年続いても、それは是正されることがなかった」と
「特に第一の搾取は社会主義にあるまじきものとして、人民の憤激を買うだろうが、憤激が蓄積されて爆発するまで、権威主義の社会には自己修正のメカニズムが内在していなかった。爆発した時には、人民はこのような上部構造(とくに党・政府・計画機関)を見捨てていた。こうして社会主義は上から崩壊したのである。」と

4.ソビエト崩壊をその10年前から適確に予想していた故小室直樹の分析・・・ (注5)

"ソ連を滅ぼしたのは、「未完工事とゼロ金利」である。" (注6) という。

「経済法則を無視して計画された工場や橋等、累々たる未完工事こそ、ソ連経済崩壊の元凶だ・・・・計画性のない計画経済で、国を滅ぼしてしまったのだ。その極限まで行くことによって崩壊した。」と小室直樹氏はどうも経済下部構造の崩壊が先のような口吻で書いてある。
しかし、社会構造として、不思議な特権階級(ノーメンクラトゥーラ) (注7) が存在したが、その人たちの意識に「ノブレス・オブリッジ」、すなわち特権を有するものはそれだけ大きな責任を社会に対して負う、という自覚がないこと、しかもソ連の非公認の特権階級(ノーメンクラトゥーラ)の頂点にエリート層がいる。共産党、政府、軍などのトップからなる特権的支配層は、たいへんな名誉が与えられそれぞれの分野の権力を独占していた。
これらの特権階級はマーケットメカニズムを媒介とせずに人為的(世襲的・縁故的)配分に基づく階級であり非公認であるがゆえにノブレス・オブリッジ、という自覚はない。

また労働者側の問題が深刻であったこと。資本主義経済の労働の特色はその(質的)一様性と規律性にある。然し上部構造である思想や制度、「マルクスの限界は資本主義形成の条件=技術進歩・資金の蓄積・商業の発達としているが今ひとつの条件"資本主義の精神"を見落としていた」とする。
資本主義社会も社会主義社会も産業社会で、労働力が特定の目的達成のために合理的に組織化されていること、そして労働のエートス(行動様式とそれをささえる心的態度)が確立していること (注8) 。労働のエートスがある社会とは「働かざるもの食うべからず」 (注9) が浸透している社会でこの標語と逆の意識が蔓延していたことを指摘する。

マルクスの発見のひとつは"疎外論"。社会現象には法則があり、人間にはこの法則を主観的願望だけによって操作することができないと言う事、「何故ソヴィエト連邦は崩壊したか?法則を無視し物価・経済・市場に命令した・・・・・」という。
物理など自然科学の対象は、はっきり意志から独立している現象は法則性の認識も持ちやすい。しかし、人間の行為が関わってくる経済法則のような対象でも一見、意志から完全に独立しているわけではなさそうな社会的な現象に法則性があるなら、個人の恣意的な願望、思い通りには出来ないことがある。ここに「疎外」が存在し、「疎外」として個人の意志とは独立して動き、意志の自由にならない。それにもかかわらず、ソ連の指導者は、経済法則を無視して計画性のない「計画経済」経済活動の生命線であるゼロ金利によって追い討ちをかけ価格を統制しようとしたのだという。

5.「誤謬の承認」や「政府を 査察・監督する機構」をつくれるのか

他方でマルクス・レーニン主義の日本における「ご本家」日本共産党は、1985年の綱領では、いまだ「社会主義が一国のわくをこえて地球人口の3分の1をしめる地域にひろがった。・・・・大局的に世界史の発展方向として帝国主義の滅亡と社会主義の勝利は不可避である。」 (注10) と言っていたのですが、ソ連崩壊後は、その原因が「指導部が誤った道をすすんだ」ためで「あれらの国々は社会主義国ではなかった。」というだけです。
党名は変えないが、『前衛党』という表現を削り、"マルクス・エンゲルスが一貫して掲げてきた目標は「民主共和制」でした。"とか言い出しました。
 "レーニンが『国家と革命』で・・ブルジョア国家の粉砕を革命の基本に打ち出したのは、マルクス本来の立場を完全に誤解したもの""レーニンが最後の3年間"に発展させた理論的実践的な財産が、スターリンをはじめとする後継者たちによって無視されてしまったとかいうだけで、一党独裁のもとでその政府を 査察・監督する機構をどのようにするのか、搾取が毎年続けばそれは是正されうるにはどうしたらよいのかは全く明らかではありません。

6.イデオロギー (注11) について・・"根本にあるマルクス主義とユダヤ教の救済の類似"

マルクス主義は宗教を否定した疑似宗教で、ユダヤ教においては、神との契約が宗教の内で法でもあり、規範でもある。しかも政治の内容もなす(神政政治)。
神との契約が変われば法が変わり規範が変わり、それにより政治社会も社会構造もみんな変わってしまう・・これが社会革命である。いつか神はユダヤ民族とより有利な契約を結びなおしてくれる、これがユダヤ教における救済である。
マルクス主義も神政政治である。俗界の支配者は同時に聖なる世界の支配者で、政治権力は無制限に個人の内面に侵入する。これは一種の神政的専制の帝国で、共産党という一人の父(たる神)が最上にいて人民の心の中の事柄の上にも支配を及ぼしてくる。この家父長制的原理はソ連では国家まで組織化されている。だから良心の自由もなく全体に関係のない個人というのもありえない。しかも富も名誉も権力もみんなエリート階層が独占富も名誉も権力もみんなエリート階層が独占している。こういう状態の社会は危ない。

小泉信三によれば、社会主義の、まず原始共産制から階級分化が起こり、やがて共産主義社会の到来で階級対立がなくなるという考えは、キリスト教的な千年王国待望論で、宗教的信仰であったとされ、また、階級が消滅した後の世界についてマルクス主義は具体的なことをほとんど何も語っていないが、闘争のない一切が平和と幸福に満ちた停止した社会とすれば、それは皮肉にもマルクスが否定したユートピアのように聞こえる。
小泉信三は、社会主義は科学ではなく、労働者の資本家に対する体系化された嫉妬の情であると指摘している (注12)

7.革面する (注13) 「革命家」たち

16年1月の第23回党大会で、5回目となる綱領改定を行いました。
 改定の結果、「前衛党」などマルクス・レーニン主義特有の用語や国民が警戒心を抱きそうな表現を削除、変更するなど、「革命」色を薄め、ソフトなイメージを強調したものとなりました。しかし、二段階革命論、統一戦線戦術といった現綱領の基本路線に変更はなく「科学的社会主義を理論的な基礎とする」との党の性格や「民主集中制を組織の原則とする」との組織原則はかえていません。死後60年たって、覆い隠せないスターリンの悪行を「スターリン秘史」として初めてまとめ、「僕たちは騙されていた」と言っている人たちで、「自分たちがスターリンの手先となって騙した」ことの反省はいまだにないようです。

(注1):
原文は、aus den Erfahrungen anderer zu lernen. "anderer"は単数ですが、"多数の他人の「個人経験」"という感じで、「歴史に学ぶ」というのは名訳でしょうね
(注2):
不破 哲三「マルクスは生きている」 (平凡社新書 461)
(注3):
「第三インターナショナル」 1919年から1943年まで存在した、共産主義政党による世界革命の実現を目指す国際組織であり、スターリン死後まで存続したコミンフォルムの前身。
(注4):
森嶋通夫、『思想としての近代経済学』p197
その経済学的な分析は同「森嶋通夫著作集8、価値・搾取・成長」第3章p77以下
(注5):
「ソビエト帝国の崩壊―瀕死のクマが世界であがく (1980年) (カッパ・ビジネス)」
(注6):
経済学をめぐる巨匠たち (Kei BOOKS) 単行本 - 2003
基本的に経済の非効率、ソ連経済には資本主義社会のメカニズム、たとえば需要と供給と価格決定がない。なんでもいいから多量に生産すれば評価され、不良品、過剰在庫がそれと認識されない。倒産もない。利子・利息という概念がなく時間を(納期、利息、遅延損害)を考えないのんびりした社会主義的経営は技術的革新と合理的効率化を拒否するので、資本主義的企業と太刀打ちできない。
(注7):
ロシア語: номенклату́ра ソビエトでは政治に携わる人物は全て共産党の任命と承認を受けた人物である必要があった(東欧諸国も同じ)。そのため党が役職と役職に就く候補者の名前を一覧表にして用意するシステムが行われた。この仕組みはレーニンの時代にすでに萌芽があり、やがて非公然の公式な制度となった。党機関だけでなく政府・社会団体・研究所・教育施設にも適用され、この一覧表に掲載された人物は役職に就いていない候補者も含めて党の承認を受けた重要人物であり、別荘や年金などあらゆる面で優遇された。リスト掲載には上位者の承認が不可欠であり、派閥や縁故主義の温床となった。その総数は1970年代には75万人、家族を加えれば300万人となり、人口の1.2%を占めた。
(注8):
マックス・ウエーバー:プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
(注9):
もともとは新約聖書の『テサロニケの信徒への手紙二』3章10節
(注10):
第17回党大会、1985年11月24日綱領一部改定)
(注11):
行動・態度を決定する基準となる、単純化された信念体系的基礎について
(注12):
Column Vol.3をご覧ください。
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(注13):
「君子豹変、小人革面」「君子は豹変す。小人は面を革(あらた)む」
徳のある君子はすばやくはっきりと過ちを正すが、凡人は外面だけを改めるとあり、「立派な人物は、自分が誤っていると分かれば、豹の皮の斑点が、黒と黄ではっきりしているように、心を入れ変え、行動の上でも変化がみられるようになる。反対に、つまらぬ人間の場合は、表面上は変えたように見えても、内容は全然変わっていない」(易経)
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